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トラウマ


イザマーレが、ラァードルとスプネリアの背負っていた孤独に気づき、

全面的に後押ししようと決意を固めたのは、それからすぐの事だった


その日、スプネリアはたくさんの料理を作っていた


ミサの練習に明け暮れ、

お腹を空かせて帰って来るラァードルのために


「ふう。だいたい作り終わったかな?…足りるかな…」


何しろ、相手は大食漢な雷神界の皇太子だ。


スプネリアは時計を見る。

「今から買い物に行けば、帰り道で会えるかも…」


スプネリアは財布を手に、家を出た……



夜の魔界は、昼間の景色とは全然異なる。

空には人間界でも輝く月と、目玉蝙蝠の赤い光

普段見慣れたプエブロドラドも、夜に出歩くのは初めてだった。

そうして、知らず知らずのうちに、村の外に出てしまっていたのだ。




 

そうとも知らず、歩き続けるスプネリアに忍び寄る、低級悪魔の影……


「……!」


「へっへっへっ。こんな時間に、のこのこやってくるなんてな。」

「お前、人間だろ?最近できた新しい村にわんさかいるという……

普段は強力な結界に閉ざされて、俺たちに入る隙間はないが、

漂ってくる人間臭はたまらないんだよな。」

「喰わせてもらおうか…ひっひっひ…」


「い、いや…怖い……殿下、助けてっ……!!」


涎をたらした悪魔に、服を切り裂かれそうになった瞬間

魔法陣が現れ、ラァードルが姿を見せた。



「!あなたは……っ」

低級悪魔は驚く。


「ごめんね~。君たちの棲み処はここじゃないよね?

たまたま俺が見つけたからいいけど

ウエスターレンや閣下に見つかったら

大変なんじゃない?黙っておいてあげるから、早く帰りな」


「ひっひいいぃぃぃ、すみません……っっ」


慌てふためいた低級悪魔は、足早に逃げ出した


恐怖に怯え、泣き出すスプネリア。


「ふう。何やってんの?お前。

プエブロドラドから抜け出した人間がいるって、

魔界中大騒ぎになってるよ。

君ら人間が、何も不安なく過ごせているのは

サムちゃんやウエスターレンのおかげなんだからね。」




 

「…っ ごめんなさい、道に迷っちゃったみたいで…っ」


ため息をつきながらスプネリアに手を差し伸べ、そのまま抱きしめる。

「間に合って良かった…」

「…殿下…」

涙に濡れた目で見つめるスプネリアの頭を撫で

「さあ行こう。もしかしたら、

ここにはいられないかもしれない

だけど、出来る限り吾輩が守るから……」


スプネリアを連れて、屋敷に向かった


……

「スプネリア様!良かった…怖かったよね。さ、入って?」

リリエルがスプネリアを抱きしめてもてなす。


イザマーレとウエスターレンは

情報局部屋のモニターをチェックしていた


「おっ、来たか?すまなかったな、怖かったろ?」

ウエスターレンが気がつき、声をかけてきた。

イザマーレも特に何も言わない。


人間界に追放されるとばかり思って

震えていたスプネリアは戸惑う。


「サムちゃん、ごめん。勝手に村を抜け出したこいつが悪いんだ

魔界に迷惑になるような事は、本当は頼める立場ではないんだけど

でもあの……許してもらえないかな……?」



「もう、殿下ったら。スプネリア様のことになると

少しムキになるのね♪スプネリア様、愛されてるのね」


リリエルはスプネリアに微笑みかける。


「リリエル様…やはり私は、もう…」

落ち込んで、俯くスプネリア。




 

「大丈夫よ。貴女のことを誰も責めたりなんかしません。

閣下は全て、分かってらっしゃるから。」


実は、プエブロドラドの入り口にはセンサーがつけられていて

信者が夜間に村の外に出てしまった際には

アラームが鳴るようになっていた


スプネリアが彷徨う姿を確認したイザマーレが

ラァードルを呼び出し、救出に向かわせたのだ。


「ここは人間界とは違うからな。

夜間でも昼間のように安全な訳ではない。

だが、それについて十分に注意喚起していなかった我々にも

責任はある。すまなかったな。ラァードルの気遣いには感謝する」


イザマーレに諭され、恐縮するスプネリア。


「むしろ今回は、プエブロドラド周辺の警備が手薄になっており

低級悪魔どもに隙を与えてしまった。

魔界全体としての管理不行き届きであり、我々のミスだ。

申し訳なかった。お前には何の落ち度もない。

これからも、ラァードルの傍にいてやってくれな」


「!……はい……ありがとうございます。」

スプネリアはお辞儀をした。






「良かったね、スプネリア様。ほら、もう泣かない♪

顔を上げて!今、お茶をお持ちしますね。」


スプネリアをリビングに連れて行き

リリエルはキッチンに向かった




 

「ありがとうございます。リリエル様…あの…」

「? スプネリア様…?どうしたの?」

お茶を差し出したリリエルは、隣に腰かけて微笑む


「リリエル様なら…きっと分かってくださると思うのですが…

今でも時々、不安になってしまって……」


俯きがちに話し始めたスプネリアの手を

優しく握りしめるリリエル


「その日まで、当たり前のように目の前にあったものが

突然消えてしまう…いつかまた、そんな事が起こるんじゃないかと…」


堪えきれず、嗚咽を交えながら告白するスプネリアを

リリエルも泣きながら抱きしめていた


「…うん……っ そうだよね…悲しかったよね…」






「……」


2階でそれとなく会話を聞いていたイザマーレも

静かに涙を浮かべていた


そして新たな光を灯した。


これ以上、あの事件の被害者を増やすわけにはいかない。

むしろ何が何でも幸せになるべきだ。

それこそが、憎むべき天界どもへの報復になるだろう


「…お前なら、必ずそう言い出すと思っていたぞ。イザマーレ。

もちろん、俺も全面的に協力する。これからだな♪」


ウエスターレンがイザマーレを抱き寄せ、口唇を重ねた…





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