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りんごの木

魔界中学校にある保健室


「…はい。傷の消毒、終わったよ。もう起き上がっていいよ」

「…」


ムクリと起き上がりながら、無言で俯いたままの相手を見て、ため息をつく


「擦り傷、タンコブ…全部で66個…この学校では最高記録だよ(笑)

君の事を何となく、漠然と眺めてたんだけどさあ…」


のんびりと話しかけながら、ハーブティを淹れるベルデ


「突然、木に登り始めたと思ったら…クスクス…赤く色づく

あの果実が採りたかったんだね。声をかける暇もなく

枝がしなり、振り落とされて…」


「……」

ベルデの差し出すカップを受け取り、

押し黙ったまま、口をつける


「どうしちゃったの?

今日はウエスターレンが居ないようだけど…

君がこんな怪我をしたと知ったら、心配するんじゃないの?」


ベルデの言葉に、表情を曇らせるイザマーレ。


「一緒に行くと言ったのだ。だが、駄目だと言われて…

あいつの方が、もっとひどい大怪我をするかもしれないのに…」


魑魅魍魎が跋扈する魔界において、

謀略、強奪、酒池肉林…これらは罪ではなく、むしろ推奨される生き方とされる。




 

つねに魅惑のオーラを解き放つイザマーレに対し

羨望と怨嗟の視線を引き寄せてしまうのは、仕方のないことかもしれない

ふりかかる火の粉に抗えず、振り払えないのなら

この世界に生きる資格はないのだ


緻密に入手した情報を駆使し、危険を察知するたび

イザマーレには何も告げず、1魔で

敵のアジトに乗り込んで行くウエスターレン


当然、穏やかな話し合いになる筈はなく

大小問わず、傷を負って戻ってくることも少なくないのだ


「吾輩にはいつも、無理そうなことばかり言ってくるくせに…」


「たしかに、彼は時々、ビックリするような大怪我をしてくるよね

何度か手当てした事あったけど…」


悲しそうに俯いたままのイザマーレ

ベッド脇の丸椅子に腰かけ、お茶を飲みながらベルデもため息を付く


「…すまなかった。世話になったな。

ウエスターレンがまた大怪我をするような事があったら

よろしく頼むな」


カップを置き、部屋から出て行くイザマーレ


「…まったく。素直じゃないねえ…」

カルテに書き込みながら、ぼんやりと呟くベルデ


「…それにしても、何で木に登ったんだろう…?

彼の魔力なら、簡単に果実を入手できる筈なのに…」




 


「…リリ、ただいま」


屋敷に戻り、プライベートルームの扉を開けると

デスクに置かれた百合の花に声をかける


イザマーレの声に反応し、花びらを淡いピンクに染める


『おかえりなさいませ、イザマーレ様♪』


「帰りがけに、赤い実のなる木を見つけてな。

お前が喜ぶかと思ったんだが…失敗してしまった」


『(´∀`*)ウフフ…木には厳格な意思がありますから…

急に登られたから、ビックリしてしまったんでしょうね

今度はきちんとご挨拶して、理由をお話になったら

許してくださると思いますよ?』


「そうなのか?」


『イザマーレ様からのお願いとあれば、どんな木でも喜んで

その実を献上くださる筈です。そしたら、美味しいワインにして

ウエスターレン様にプレゼントできますものね♪』


リリの声に、心を和ませ穏やかに微笑むイザマーレ


その時だった


空気がシュッと振動し、ウエスターレンが現れた


「イザマーレ!お前なあ…」


例によって、野暮な案件の処理を終え、戻ってみれば

校内に溢れかえるイザマーレの噂…

青筋を立てて苛立ちを隠さず、目を細めて睨み付けるウエスターレン




 

「ウエスターレン♪無事だったか…♪」


心底ほっとして、嬉しそうな笑顔を見せるイザマーレを引き寄せ

抱きしめるウエスターレン


「だからって、お前が怪我してどうするんだ!」


「…ほんのかすり傷だ。こんなのは、怪我とは言えんぞ。

それに吾輩、そんなにヤワではないと言ってるではないか…」


屁理屈ばかり言うイザマーレの頬をムギュッと掴み

至近距離で見つめるウエスターレン


「おりこうさんで待ってろって言っただろ?

良いか。お前の身体には傷ひとつ、つける事は許さない。

分かったな?」


「…やれやれ。だが安心しろ。今、画期的な方法を

リリに教えてもらったんだ。次こそは、あの果実をゲットしてみせるからな♪」


そう言いながら、階段を降りて行く2魔

キッチンを覗き込み、使用魔と談笑し合うイザマーレ


「…そうですか。では、今宵はいつものお酒でよろしいですね?」

「ああ。すまないな。頼んだぞ♪」

「畏まりました」


オルドとの会話に耳を傾けながら、紫煙を燻らせていたウエスターレン


「そういや、なんだってまた、木登りなんぞしたんだ?

お前なら、そんな面倒な事しなくても…?」


「今朝、お前が黙って出かけて行った後、リリに言われたんだ。

必ず無事に、お前は帰って来るから、そしたら夜は

お前の好きなワインで乾杯したら良いって…」




 

「そしたら、赤く色づいた林檎の果実を見つけてな。

ワインの事よりもまず、あの果実を、リリに見せてやりたくなったのだ」


楽しそうに話すイザマーレに、黙って耳を傾けるウエスターレン


「魔力なんかでズルしたら、格好悪いだろ?

ま、失敗して怪我してるようじゃ、吾輩もまだまだって事だな(笑)」


飾り気のない穏やかな表情で笑顔を見せるイザマーレ

リリに癒された事で、心の憂いは消えているようだ。

いつの間にかウエスターレンも、穏やかに微笑みながら

イザマーレの髪を撫でる


「…なるほどなあ。花の姫君に対する、お前なりの矜持ってやつか♪」

「ウエスターレン…」


魅惑の瞳で見つめるイザマーレに、そっと口唇を合わせる

ウエスターレンの首に腕を回し、そのぬくもりに酔いしれる…


見計らったように、食事を運んでくるオルド


「…そういや今日、世話になった奴がいたんだが

お前は前から、知り合いのようだな?」


「ああ、ベルデか?そうだな、何かと世話になる事も多くてな」


そんな風に語り合いながら、食事をする2魔…




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